太陽があるから花が咲き緑溢れる。
花が咲と一緒に私の部屋に訪れたのは金曜の夜の事。
両手のコンビニの袋の中には、缶ビールやポテトチップやチョコレートやポッキーやスルメや……なぜか昆布まで入っている。今夜は飲む気満々と見た。花は大きなドーナツの箱まで抱えている。三人で食べるにしてもその大きさは尋常じゃない。しかも「あ? これはあたしが一人で食べるんだよ」と云う。どうやら死ぬつもりでいるらしい。
「で。どうしたのよ」
早速そのドーナツに取り掛かっている花に訊いてみた。咲は自分の家から持ってきたTシャツとハーフパンツに着替えている。長期戦を覚悟しているのは私だけではなかったんだ。
「もちろん(もごもご)あのバカの事に決ま(もごもご)ってるじゃない」
私は缶ビールのプルタブを開けてやり、それを花に渡す。口の中のドーナツを流し込んでから話してください。
「あいつ。浮気している……」
危うくビールを吹き出しそうになった。隣の咲はかじっていたスルメが変なところに入り込んだのか顔を真っ赤にしてむせている。
「えーと。花ちゃん。それは何か証拠を見つけたの?」
まだ少し咳き込みながら咲が訊く。
「う~ん。見つけてないけど……」
「じゃぁ、浮気してるかどうかなんてわからないじゃない」
「そうかもしれないけど……でもさー」
花と咲の会話を聞きながら私はちょっとホッとしていた。
まだバレていない。
陽に会ったのは”その相手”とショットバーから出てきたところでだった。腕を絡ませ、絡ませたその先の手はしっかりと繋がれている。あまりの衝撃的な光景に、漫画でありがちな手に持っていたバッグを音を立てながら落とす。という行動を、現実に表現してしまった私のその音に気付いた陽がこちらを見た事から話が始まる。
「緑! ちょっと待ってくれ!」
顔面蒼白の陽が大声をあげる。
いや、云われなくても待っています。この状況をしっかり説明してもらうまで私は一歩たりとも動きませんよ。ええ。
「花には黙っていてくれ……」
そこからきたか。いやいや。それも云われなくても黙っていますってば。
目を見開いたまま呆然と立ち尽くす私を見て”その相手”は罰が悪そうに頭を垂れている。可哀想に肩が少し震えている。
「これは浮気と見ていいのかしら」
黙ってしまった陽の態度に痺れを切らして私から問いかけてみた。”その相手”を目の前に『浮気』という言葉を口にしていいものか迷ったけれど私は花の友達だ。悪いけどあなたの事を好意的にはどうしても見れない。視線でその相手に訴える。伝わっているかはわからない。
「浮気とも云えない……」
「じゃぁ、本気だってこと?」
「わかってくれとは云わないし云えない」
そりゃそうだろう。否定はしないけど気持ちはわからない。
「花に持ってないものをこいつは持っているんだ」
確かに……そうかもしれないな……。
「花に不満があるわけじゃない。あいつの事も本気だ。でもこいつの事も同じように本気なんだ」
はぁ……。溜息しか出ない。男ってこんなものなのだろうか。いや……女だってこういう人はいる。
「いつから?」
「もう半年になる……」
半年……。半年も花も咲も私も気付かなかったのか……。
「どうするつもり?」
「出来ればこのまま二人と付き合っていきたい」
私は”その相手”に視線を移して訊いた。
「あなたはそれでいいの?」
「はい……。彼を愛しているので……」
『愛している』とか堂々と云うなー! 発狂しそうになるのを堪えて「そう……」と返事をした。結局は当人同士の問題だ。私がどうこう云うのは間違っているのかもしれない。でもこれだけは云わせて欲しい。陽に向き直って私は云った。
「花には黙っておく。今までの陽を見ていれば花の事も本気だってわかるもん。でも条件がある。黙っておくから今から言う事だけは絶対守って」
陽の顔が安堵の表情に変わる。
「いい? 絶対花にバレないようにする事。エッチする時はゴムをつける事。わかった? 簡単でしょう?」
「わかった。絶対守る。守れなかったら……」
「守れなかったらとか云うな。守れなかったらあたしがあんたを刺す」
「はい……」
私の性格を知っているからこそ、陽の顔が青ざめた。私は本気だ。友達の事になると私は止まらない。
落としたバッグを拾って陽達に背を向け歩き出した。歩きながら誰にも云わないと心に決めた。花にバレたくないという陽の気持ちを広い心で受け止めれば、それはやっぱり彼女を離したくないという現われだろう。花だって陽をちゃんと愛している。第三者が余計な口を挟んでその仲を壊す事はしてはいけない。それが私の自論だ。知らなくていい事だって世の中にはたくさんあるんだ。
それが二週間前の事だった。
「でね」
花の話はまだ続いていた。相変わらずドーナツを口に運ぶ手は休まる事を知らない。この子、本当に二十四個入りのドーナツを全部食べつくす気でいるのだろうか。心配になった私がその箱に手を伸ばしたらバシッと叩かれた。
「う~ん。陽くんは花ちゃんの事しっかり考えているよ。それはあたしが保障する」
咲が四本目のビールを飲みながらフォローを入れる。それで私はピンときた。知ってる。咲は知ってるんだ。
トイレに立ち上がった花の姿が見えなくなるのを確認してから私は咲に訊いた。
「……。知ってるでしょ」
「……。うん」
「……。どうして」
「……。2週間前に見ちゃったから」
同じ日か! ほんと陽のアホさ加減には呆れを通り越して笑いが出る。その時の咲の様子も目に浮かんで笑いは更に止まらなかった。咲もビールをこぼしながら笑っている。
「でもさ。陽くんは花ちゃんの事、本気だよ。あたし達にはどうしても理解しきれないけど、土下座までして『あいつには云わないでくれ』って言ってたもん。それに相手の事を見たら……わかったでしょう?」
私は頷いた。
そうだよなー。だって”その相手”は花と顔が似ていて、でも花には持っていない”アレ”を持っているんだもの。
まぁ、花には絶対云えないよ。
相手が男だなんて。
