日常

 夏の早朝が好きだ。

 たまたま早く目が覚めてしまい、二度寝しようにもさっきまで見ていた悪い夢が手足に絡み付いて眠れないそんな時に、ふと東側の窓を見ると、夜と朝のぼやけた境界線が目に入る。朝が来る安堵といつもなら寝ていて滅多に見られないその曖昧な色の変化に少しだけ胸が弾んで、私はいそいそとパジャマを脱ぎ捨てハーフパンツとTシャツに着替える。iPodも携帯も持たない。もちろんいつも吸う煙草も持たない。120円だけをポケットにじゃらっと突っ込んでスニーカーの踵を踏んづけたまま歩き出す。本当に必要な物は存外少ないのかもしれない。

 夏の早朝は空気も私好みだ。秋のように花の香りで咽返らないし、冬のように刺す空気で息を詰まらせない。
 首が辛くならない程度に顔を上げ、てくてく歩く。右を見れば朝で、左を見れば夜。私は交互にそれを見ながら夜を目指して歩く。暗いところから見る明かりがとても奇麗な事を知っているからだ。
 歩いていくうちに新聞配達の人と遭遇する。ほとんどのおじさんが私を見てギョッとするから思わず吹き出しそうになるけどなんとか堪えて、心の中で『ごめんなさい』と謝り避けるように端っこを歩く。もう働いている人がいるのだ。当たり前の事だけど、その当たり前の事は見過ごされる事が多い。

 空は秒刻みで姿を変え続ける。一瞬でも目を離すと足された色、消えた色を見逃してしまう。誰かにこの空の移り変わりを伝えたくて、でも伝えようとするとどう表現していいかわからなくて私はいつも困ってしまう。
 真っ白な画用紙に24色の水彩絵の具を何通りにも混ぜ合わせ、今見ている空の色を透明描法で描いて見せたとしても贋物になってしまうんだ。それなら写真を……と何枚も撮ってみた事があるけれど、焼きあがったそれは私がその時見ていた色とはやっぱり違う。だから留める事は諦めた。
 
 そうして夜と朝の間を眺めながら私は思う。
 この空を愛しい人と見れたら。
 まだ眠りが大半を占める目をしたあの人の腕を引っ張って、私のお気に入りの場所まで案内する。ちっとも興味がないのに無理矢理起こされたあの人は迷惑顔だ。迷惑を通り越して怒っているかもしれない。それでも……と思う。造られた色の煌びやかさはいつでも目にする事ができるけど、自然が織り成す色はその瞬間その時間にしか見る事が出来ないから。あの人と過ごす日常だってどんなに馴れ合おうとその時々で出す色は微妙に違う。だから……。そんな事を思いながら隣にいるあの人の、眩しさに目を細める横顔を見つめ、そしてあの人が私と同じ空を見つめながら何を思っているのかちょっとだけ考えてみたい。同じものを見ていても二人感じる事は違うだろう。それでもいい。いや、その方がいい。

 サナエタデやサギソウについた朝露が陽の光を浴びて輝き出したら私はまた歩き出す。私の住むこの場所が夜の終わりを告げている間に、あの人が住む街ではこちらより数分早く完全な朝を迎えてる。長い左腕を伸ばして子供のような寝顔をしながら、まだ夢の中を彷徨っているだろうあの人と、いつか、同じ場所で早朝に会えたら。
 ポケットの中の120円を自販機に落として冷たいお茶を飲んだ。またこの季節のこの時間に外へ出よう。同じ空は二度と見る事がないだろうけど。

2006年07月13日15:59 [創作]

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