時計

 馬鹿な振りをするのは楽でいい。

 いや、「私、本当はお利口さんなんだけど~、でも馬鹿な振りをしていた方が男性受けもいいし~、楽じゃない?」などと言いたいのではない。この事を付け足しておかないと「何あの女。男の前ではアレ全部計算でやってるんだよ」なんて同性の反感をくらうのは必須だ。
 そうじゃない。私の場合10あるうちの7が実際の馬鹿で3が馬鹿な振り……いやいや、10あるうちの8が実際の馬鹿で2が馬鹿な振りだ。基本さえ覚えないため応用が出来ないし、人の話は自分が重要だと認識した部分しか聞いてないので、どんなに説明されても勘違いで明後日の方向へ突っ走り「おかしいなー?」と首をかしげる。それほどの馬鹿だ。
 だが、そんな私でもほんのたまに馬鹿な振りをする時がある。
 馬鹿な振りと知らない振りを足して何事もなかったようにやり過ごした方が楽である事を学んでからは、その方法で心の逃げ道を作るようにしているのだ。

 その夜私は彼からの連絡を待っていた。
 彼の行動には私にしかわからない(と思っている)彼流の法則がある。その法則通りにいけば今夜は彼から電話もしくはメールが1度はあっていいはずだった。
 旅行鞄に秋物のコートを詰めながらテーブルの上にある携帯をチラリと見る。
 彼は私より一日早く京都に向かい、明日私も合流する。京都には私と彼の友達がいてお互いがお互いの友達と、そして共通の友達と会うためのプチ旅行だった。

 バスルームにも携帯を持ち、トイレにまで携帯を持っていくほど彼からの連絡を確信していた私は、待っても待っても鳴らない携帯をベッドに放り投げ時計の針を見つめ続けるうちに、ふつふつとした疑惑が湧き上がるのを感じた。長い針が1つカチっと音を立てると私の疑惑もカチっと加算される。
「京都には彼の【女友達】もいるんだっけ……」
 0時になれば新しい一日が始まるというのに私の心は0時を過ぎても昨日を引きずったままでリセットされない。
 窓を開けて肌寒くなった風を受けながら、今彼が誰と何処で過ごしているかを想像して携帯の電源を切った。考え込むのは苦手だ。それが悪い方なら尚更。馬鹿な女は相手を信用する気持ちまで失いかけていたのだ。
「信用?」
 声にしてふっと笑う。【信用しているよ。という言葉で縛るのね】という言葉が詩か映画の台詞であったような気がしたけど、それは詮索するのが面倒なだけで逃げているのか、相手に興味がないかのどちらかで、私はといえばそうただ面倒になってしまうだけだった。いや……。自分を守るために考え込むのを面倒にすり替えてしまうだけなのかもしれない。
 翌朝、メールの問い合わせをしても彼からは一通も届いていなかった。合流する間際になってようやく【今どこにいる?】とのメールが届いて留めていたはずの私の中の疑惑の時計はまた動き出した。静かにそっと。

 ベッドの中で握り締めていたシーツをゆっくり放していた時、彼が言った。
 「昨日電話待ってた? 疲れて寝ちゃってさ……」
 【信用するべきかしないべきか】を考える前に私はもう逃げてしまった。面倒な事は私が知らない彼の日常と彼の知らない私の日常だけで十分だ。ふたりの間に増やさなくてはいけない面倒はどこにもない。そんな余裕などどこにもない。
 そして私はシーツに身を沈めながら表情を見られないように「あぁ、そうなんだ」と返した。

 そうして飲み込んだ言葉はどこへ行くのだろう。
 蓄積されたままではいつか破裂してしまうのではないかと、少しだけ怯える。
 彼が寝息をたてはじめた頃、そっと顔を近づけて「ばか……」と呟いてみた。

2006年10月31日19:17 [創作]

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