ロシアンブルーの溜息
「二年後、お互い憶えていたらまた会おう」あなたが言った。
私はロシアンブルーを撫でながら、その言葉をぼんやり聞いていた。こんな日が来る事を私は始めから知っていたと思う。
あなたと私とでは歩調が違う。考え方も、感じ方も。私がまだあなたの傍にいたくても、あなたと私では温度も違う。だから終わりの日はいつもふたりの身近にあり、何かのきっかけで訪れる事を感じていた。
別れの日に泣く事は簡単だった。わーわー泣いて取り乱し、あなたを繋ぎとめようとする言葉をとめどなく叫ぶ事も可能だった。だけど、私はその衝動を胸の一番底へと沈めた。それは私のプライドがそうさせた。
ロシアンブルーの藍色の目が、私と彼の顔を交互に見つめ溜息をつく。白いカーテンの隙間からは桃色に染まった街が見える。この窓から見える物を、あなたはひとつ残らずまだ言えるだろうか。
「それじゃ、またね」あなたがドアを開ける。
暖かな風が部屋に入り込み、あなたの希望に満ちた後姿が、もう、私の手の届かないものになる瞬間を黙って見つめた。
「さよなら」も「またね」も言えなかった。言葉にしようとすると、どれも私の言いたい事ではないような気がしたのだ。
ドアを閉めようとするあなたが一瞬振り返った。私はそれを見逃さなかった。笑顔を作っているはずのあなたの目は僅かに潤んでいた。
もう……十分だ。
私の全ての疑問はあなたの目を見た時、私の中で泡となって消えた。
よろよろとソファーから立ち上がり、冷蔵庫を開けコロナを取り出した。瓶から一気に胃へ流し込み、それからLARKに火を点けた。ソファに身を沈め、天井を見つめる。
あなたの最後の言葉を声に出して呟くと、広くなった部屋にそれは悲しいほど響きわたった。
ロシアンブルーが私の膝に乗り、その温もりを伝える。「頑張ったね」そう言ったように見えた。
あなたと過ごした日々。密な空間。あなたと私しか知らない時間。あなたのちょっと硬い髪。私を愛してくれた指先。抱きしめる腕の強さ。何もかも思い出に変わっていく。遠くなる。
ねぇ。私はあなたの心に残る女でいられたかな。二年後もあなたの記憶に残る存在であったかな。時には立ち止まり、相手を待ったり、待たれたりしながら歩いた一本の道は、いつの間にかあなただけの道を作り出していたんだね。覚悟していたはずなのに、どうしてこんな虚無感に襲われるのだろう。
ロシアンブルーが小さく鳴いた。
「二年後、お互い憶えていたらまた会おう」あなたが言った。
