大人の女の事情
嘘をつくのが下手な人だった。4つも年下のせいなのか、それとも私の周りの大抵の男がそうであるようにただ単にボロが出てしまうのか、特に私を目の前にして嘘をつく時しどろもどろ加減が極まるので、それを言うのは決まって電話だった。
『もっと上手くやればいいのに……』そう思うのに、そんな不器用なところを『可愛い男』と誤変換するぐらい彼にのめり込んでいた私は、知らなくていい事まで知って落ち込んだり、泣いたりする夜を何度も過ごした。例えばそれは、家族ぐるみで彼女と食事をしたとか、彼女と温泉旅行するとか、彼女とこの前SEXしたとか、そういうできれば黙っていて欲しい事。今さら、一番避けて通っていたはずの彼女持ちの男を好きになったという事実を悔やんではいないけれど、いつも側に淋しさがあるのは切ないなと思う。
クリスマスが近づいたある日、ふと立ち寄った紳士服売り場で彼に似合いそうなマフラーを見つけた。紺色のカシミアで出来たそれは彼を充分に温めてくれそうだった。早速支払いを済まそうとちょっとはしゃぎ気味にレジへ向かう途中、よくわからない焦燥感が走りふと足を止める。
『これを彼にプレゼントしていいものだろうか?』私はポケットに入れておいた携帯を取り出し、確認のための電話をしてみた。
「ねぇ。クリスマスプレゼント贈っても平気かな?」
彼は数秒の沈黙の後、少しだけ苛立たしげにこう言った。
「俺はクリスマスにプレゼントを贈ったり贈られたりする事に意味がないと思うんだ」
嘘をつく時の彼の癖。
『またこれか』と諦めにも似た感覚でいつものように私も返事の準備をする。極めて明るい口調を意識するため、満面の笑みを作りそれからやっと言葉にするのだ。
「うん。わかった。ごめんね。偶然あなたに似合うマフラーを見つけたからクリスマスも近いしプレゼントしようかなと思っただけなの」
『私は全然平気だよ。だから気にしないで』これをアピールする術はもう身につけた。
「ごめんな……。」
そして彼が嘘を締めくくる最後の言葉はこれ。もう話す事がなくなってしまった私は気まずさだけが残るこの会話から早く逃げ出したくて、適当に相槌を打ち電話を切るのがもう馴染みのパターンになっていた。
手にしたマフラーを元に戻し深い溜息をついて私はその場から離れた。店内に流れるクリスマスソングがやけに耳につく。
彼と付き合って初めてのクリスマス。期待などしていなかったはずなのに、思った以上にダメージを受けている自分に驚いていた。
イブの夜。「呑みに行こうよ」と誘ってくれた友人がいたので行きつけのBarへ繰り出した。一人きりの夜を覚悟していた私には友人からの誘いは救われるものだった。彼からの誘いはもちろんなかった。
カウンターにテーブルが3個、Boxが2つというこじんまりした店内に大きなツリーが飾ってある。そのためいつもより窮屈に感じたが、その狭さも今日の私にはちょうど良かった。隙間はなるべく少ない方がいい。
マスターが私達の顔を見ながら「イブなのにこんなところに来ていて淋しい奴ら!」なんて笑う。全くもってその通りだ。
「明日は何してるの?」
昨晩の電話で私は確かめるよう彼に訊いてみた。
「何もしてないよ」
「彼女と会わないの?」
そしてまた彼は数秒の沈黙の後、少しだけ苛立たしげにこう言った。
「クリスマスは彼女とも会わないし、お前とも会わない。これが二人を同時に好きになった俺が出来る責任」
「そっか。じゃぁ、私は友達と呑みにでも行こうかな」
「ごめんな……。」
ビールで乾杯して「やっぱりクリスマスにはワインだよね!」と言いながらスパークリングワインに手をつける。気付いてみれば2本を一人で全部空けた頃、ベロベロに酔っぱらった私は「それでも好きなんだもん、仕方ないじゃなーい!」とツリーにしがみ付きながら思い切り叫んでいた。周りにいるお客さんやマスターは驚いた顔をしていたけど、事情を知っている友人だけが苦笑いしながら「そうだ! お前が選んだんだから余計な事考えるな!」と言ってくれた。
たぶん彼はこの夜を彼女と過ごしている。微笑み合い、ケーキを食べながら将来の事を語っているかもしれない。
「……。これが二人を同時に好きになった俺が出来る責任」
『責任なんていう言葉を軽々しく使わないでよ』という声にならない言葉はこの際、3本目のスパークリングワインと一緒に呑みほしてしまう事にした。
