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      <title>君恋し</title>
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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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         <title>傍から見た『大人の女の事情』</title>
         <description>　幸薄い女がいるとするなら、今俺の隣にいるこの女がそれに当たると思う。
　名前は幸恵。「幸に恵まれる」と書いて『さちえ』。「名前負けしてないか？」という言葉は彼女と俺のこれからの友情を継続するために言わないでおいた。
　コイツとこうしてクリスマスを過ごすのも今年で2回目になる。あぁ、俺？　俺は別にモテないわけじゃない。ただ偶然クリスマス前になると女がいないってだけだ。
　まあ、俺の事なんてどうでもいい。今年も俺の隣で何杯目かわからないジントニックを飲み干している幸恵の話しに戻ろう。
　
　幸恵は彼女持ちの男と付き合って3年目に突入しようとしている。男は「クリスマスは彼女とも会わないし、お前とも会わない。これが二人を同時に好きになった俺が出来る責任」なんてわけわからねー事言ってるらしいけど、幸恵はそれをとりあえず納得して受け入れている。決して美人とはいえないが、他の男からアプローチも受けないほどモテないというわけでもない。実際つい先日も、俺達共通のヤロー友達に告白されていたのを知っている。「ソイツと付き合えば？」と言っても「面倒」と笑って（もちろんソイツには言わないが）幸恵は断りをいれていた。

　狭いのに無理して置いたツリーのせいで、いつもより窮屈に感じる店内を幸恵は気にいってるらしい。彼女曰く「隙間は少ないほうがいい」だそうだ。「お前やっぱり寂しいんじゃねーの？」ズブロッカと一緒に飲み込んだ。

　去年のクリスマスだったか、暇つぶしと興味本位で男の写真を見せてもらった。どちらかというと目つきは鋭く、髪はちょっと長めで神経質そうだ。「どんな男？」と訊いたら「う～ん。女大好き人間。飲みに行って口説いてお持ち帰りとか普通にできちゃうような人。『愛してるよ』って言ってくれてもどこか信用できないというか。誰にでも言ってるでしょ？　って思っちゃうの。それに酔って電話してきて受話器から『うっ！　おぇ～！』って嘔吐しているところを聞かせてくれちゃう人」って答えてた。
　大抵の女って男のこういう部分見たら引いたりするんじゃないのか。まあ、ヤローの方はすげー自然体で幸恵と付き合っているのだけはわかった。

　クリスマスソングが静かに流れる。幸恵は微笑しながらマスターと話をしている。しかもなんだか楽しそうだ。もしかするとコイツは一人でもイブをすんなり過ごせるのかもしれない。ふと気になって『男のどこが好きなのか』を訊いてみた。

「う～ん……。」
『う～ん』と少し小首を傾げて話し始めるのは幸恵の癖だ。
「緑で、もこもこしていて丸いけど、でも丸だけじゃないの……と言って何の事を指しているかわかる？」
「……。わっかんねー」
「でしょー？　でも彼はわかっちゃうの。私のこの言葉だけで私が何を言おうとしているのか理解してくれる。で、迷子になっている私をいつも答えに導いてくれるの。怒ったり馬鹿にしたりしながら」
　幸恵はそう言って笑い、ジンバックを飲み始めた。
「でもさ、クリスマスなのに会えなくて、プレゼントも貰えないんだろ？　そういうのって寂しくないの？」
　そう訊くと幸恵は携帯の時計を確認してから「そうね。たぶん……後30分後にはプレゼントが届くよ」と言った。

「ねぇ……」
　キャンドルを見ながら頬を赤く染めた幸恵が言う。
「幸せの形があったとして。それは傍から見てもわかるような形じゃないといけないなんて事はありえないでしょ。人それぞれ幸せの感じ方は違う。どんなに愛してもらっても私を理解してくれる人じゃなければ私は幸せじゃない」
　そう言い終わるか終わらないかのうちに幸恵の携帯がなった。

　くしゃっと笑った幸恵の目からはハートが出ていた。いや、本当にハートが見えたわけじゃないが、見ているこっちが恥ずかしくなるような表情をしている。こんな顔をした幸恵を俺は初めて見るけれど、たぶんこの顔を、写真の男はいつも見ているんだろうと思った。
　「ほら。プレゼントが届いた」
　彼女はスッと携帯を俺に見せた。
「約束してたの？　この時間にメールいれるよ。とか」
「ううん」
「じゃぁ、なんでわかるんだ？」
「私と彼にしかわからない形があるのよ」
　
　メールには【あー。えーと。メリークリスマス】と入っていた。
　それはちょうど30分後だった。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 24 Dec 2009 23:34:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>大人の女の事情</title>
         <description>　嘘をつくのが下手な人だった。4つも年下のせいなのか、それとも私の周りの大抵の男がそうであるようにただ単にボロが出てしまうのか、特に私を目の前にして嘘をつく時しどろもどろ加減が極まるので、それを言うのは決まって電話だった。
『もっと上手くやればいいのに……』そう思うのに、そんな不器用なところを『可愛い男』と誤変換するぐらい彼にのめり込んでいた私は、知らなくていい事まで知って落ち込んだり、泣いたりする夜を何度も過ごした。例えばそれは、家族ぐるみで彼女と食事をしたとか、彼女と温泉旅行するとか、彼女とこの前SEXしたとか、そういうできれば黙っていて欲しい事。今さら、一番避けて通っていたはずの彼女持ちの男を好きになったという事実を悔やんではいないけれど、いつも側に淋しさがあるのは切ないなと思う。


　クリスマスが近づいたある日、ふと立ち寄った紳士服売り場で彼に似合いそうなマフラーを見つけた。紺色のカシミアで出来たそれは彼を充分に温めてくれそうだった。早速支払いを済まそうとちょっとはしゃぎ気味にレジへ向かう途中、よくわからない焦燥感が走りふと足を止める。
『これを彼にプレゼントしていいものだろうか？』私はポケットに入れておいた携帯を取り出し、確認のための電話をしてみた。
「ねぇ。クリスマスプレゼント贈っても平気かな？」
　彼は数秒の沈黙の後、少しだけ苛立たしげにこう言った。
「俺はクリスマスにプレゼントを贈ったり贈られたりする事に意味がないと思うんだ」
　嘘をつく時の彼の癖。
『またこれか』と諦めにも似た感覚でいつものように私も返事の準備をする。極めて明るい口調を意識するため、満面の笑みを作りそれからやっと言葉にするのだ。
「うん。わかった。ごめんね。偶然あなたに似合うマフラーを見つけたからクリスマスも近いしプレゼントしようかなと思っただけなの」
『私は全然平気だよ。だから気にしないで』これをアピールする術はもう身につけた。
「ごめんな……。」
　そして彼が嘘を締めくくる最後の言葉はこれ。もう話す事がなくなってしまった私は気まずさだけが残るこの会話から早く逃げ出したくて、適当に相槌を打ち電話を切るのがもう馴染みのパターンになっていた。
　手にしたマフラーを元に戻し深い溜息をついて私はその場から離れた。店内に流れるクリスマスソングがやけに耳につく。
　彼と付き合って初めてのクリスマス。期待などしていなかったはずなのに、思った以上にダメージを受けている自分に驚いていた。


　イブの夜。「呑みに行こうよ」と誘ってくれた友人がいたので行きつけのBarへ繰り出した。一人きりの夜を覚悟していた私には友人からの誘いは救われるものだった。彼からの誘いはもちろんなかった。
　カウンターにテーブルが3個、Boxが2つというこじんまりした店内に大きなツリーが飾ってある。そのためいつもより窮屈に感じたが、その狭さも今日の私にはちょうど良かった。隙間はなるべく少ない方がいい。
　マスターが私達の顔を見ながら「イブなのにこんなところに来ていて淋しい奴ら！」なんて笑う。全くもってその通りだ。


「明日は何してるの？」
　昨晩の電話で私は確かめるよう彼に訊いてみた。
「何もしてないよ」
「彼女と会わないの？」
　そしてまた彼は数秒の沈黙の後、少しだけ苛立たしげにこう言った。
「クリスマスは彼女とも会わないし、お前とも会わない。これが二人を同時に好きになった俺が出来る責任」
「そっか。じゃぁ、私は友達と呑みにでも行こうかな」
「ごめんな……。」

　ビールで乾杯して「やっぱりクリスマスにはワインだよね！」と言いながらスパークリングワインに手をつける。気付いてみれば2本を一人で全部空けた頃、ベロベロに酔っぱらった私は「それでも好きなんだもん、仕方ないじゃなーい！」とツリーにしがみ付きながら思い切り叫んでいた。周りにいるお客さんやマスターは驚いた顔をしていたけど、事情を知っている友人だけが苦笑いしながら「そうだ！　お前が選んだんだから余計な事考えるな！」と言ってくれた。


　たぶん彼はこの夜を彼女と過ごしている。微笑み合い、ケーキを食べながら将来の事を語っているかもしれない。
「……。これが二人を同時に好きになった俺が出来る責任」
『責任なんていう言葉を軽々しく使わないでよ』という声にならない言葉はこの際、3本目のスパークリングワインと一緒に呑みほしてしまう事にした。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 22 Dec 2008 11:39:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ロシアンブルーの溜息</title>
         <description>「二年後、お互い憶えていたらまた会おう」あなたが言った。

　私はロシアンブルーを撫でながら、その言葉をぼんやり聞いていた。こんな日が来る事を私は始めから知っていたと思う。
　あなたと私とでは歩調が違う。考え方も、感じ方も。私がまだあなたの傍にいたくても、あなたと私では温度も違う。だから終わりの日はいつもふたりの身近にあり、何かのきっかけで訪れる事を感じていた。
　別れの日に泣く事は簡単だった。わーわー泣いて取り乱し、あなたを繋ぎとめようとする言葉をとめどなく叫ぶ事も可能だった。だけど、私はその衝動を胸の一番底へと沈めた。それは私のプライドがそうさせた。

　ロシアンブルーの藍色の目が、私と彼の顔を交互に見つめ溜息をつく。白いカーテンの隙間からは桃色に染まった街が見える。この窓から見える物を、あなたはひとつ残らずまだ言えるだろうか。

「それじゃ、またね」あなたがドアを開ける。
　暖かな風が部屋に入り込み、あなたの希望に満ちた後姿が、もう、私の手の届かないものになる瞬間を黙って見つめた。
「さよなら」も「またね」も言えなかった。言葉にしようとすると、どれも私の言いたい事ではないような気がしたのだ。


　ドアを閉めようとするあなたが一瞬振り返った。私はそれを見逃さなかった。笑顔を作っているはずのあなたの目は僅かに潤んでいた。
　もう……十分だ。
　私の全ての疑問はあなたの目を見た時、私の中で泡となって消えた。

　よろよろとソファーから立ち上がり、冷蔵庫を開けコロナを取り出した。瓶から一気に胃へ流し込み、それからLARKに火を点けた。ソファに身を沈め、天井を見つめる。
　あなたの最後の言葉を声に出して呟くと、広くなった部屋にそれは悲しいほど響きわたった。
　ロシアンブルーが私の膝に乗り、その温もりを伝える。「頑張ったね」そう言ったように見えた。

　あなたと過ごした日々。密な空間。あなたと私しか知らない時間。あなたのちょっと硬い髪。私を愛してくれた指先。抱きしめる腕の強さ。何もかも思い出に変わっていく。遠くなる。
　ねぇ。私はあなたの心に残る女でいられたかな。二年後もあなたの記憶に残る存在であったかな。時には立ち止まり、相手を待ったり、待たれたりしながら歩いた一本の道は、いつの間にかあなただけの道を作り出していたんだね。覚悟していたはずなのに、どうしてこんな虚無感に襲われるのだろう。
　ロシアンブルーが小さく鳴いた。


「二年後、お互い憶えていたらまた会おう」あなたが言った。 </description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お話</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 09 Mar 2008 20:42:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>鏡の中の彼女</title>
         <description>「当ててみて？」
「映画のタイトルを？」
「そう。台風がやってきて、船がのまれるって映画。」
「それだけじゃさすがにわからん」
「うーん。漁船でね。魚をたくさん収穫したいがために台風が接近しているのをわからないでずんずん進んでいっちゃうの。家族は心配するわけよ。でも男達は頑張っちゃうわけ。で、結局台風にのまれて死んじゃうの。」
「……はしょるとあまりにもあっけない話やなあ……。」

　不意打ちの連想ゲーム。僕はその時『クイズミリオネア』ごとく解答者席に座り、気合いだけはみのもんたばりの彼女に付き合わされる事になる。（まぁ、クイズミリオネラは連想ゲームではないが）
　あの番組はいい。正解すれば賞金が貰える。けれど、今僕が回答しようとしているこのクイズ（連想ゲーム）は賞金はないし、しかも正解できなかったら２～３日は口もきいてもらえないというペナルティー付きだ。更には「愛が足りないからわからないのよ！」と理不尽な言いがかりまでつけられる始末。
　だから僕は彼女の言葉をいつも聞き逃さず過ごしてきたのだ。意味を持たないような言葉ひとつも彼女にとったら重要な事だったりするから叶わない。数日経って忘れかけた頃に「あの時言った～」と始まったりするんだ。

　ある日の彼女はこうだった。僕の仕事が早く終わったからどこかでご飯を食べようと携帯に電話した。彼女は喜んでそれに応え「じゃぁ、あのお店にしよう。ほら。ロブスターがパスタの上に乗っている美味しいお店。」と言う。僕はその『ロブスターがパスタの上に乗っている美味しいお店』というものが２軒浮かんで「あぁ。あれやろ？　ダンス教室の３軒隣の店。」と言った途端電話を切られた。
　どうやら僕が言い当てた店は彼女のそれとは違っていたらしい。慌てて電話を掛けなおすと「電波が届かないところにあるか、電源が入っていないため掛かりません」と無機質な声が僕の耳を貫通し、ちょうど目の前にあったゴミ箱を蹴り倒してやろうかという衝動をグッと堪えるのに苦労した。
　万事こんな調子なので僕もいい加減疲れ果て彼女にちゃんと話をしなければいけないと思い、「土曜の夜部屋へ来い」とメールをしたままその日まで一切連絡をとらなかった。少し懲らしめてやらなくてはいけない。

　約束の土曜日。彼女はいつも通り合鍵で僕の部屋のドアを開け、GUCCHIのバックから煙草とZippoを放り出しいつも通り僕の冷蔵庫からビールを取り出して「シュポ！」といい音をさせながらプルタブを外すとゴクゴク喉仏がすごい速度で動く程勢いよく飲んだ。
「美味しい～。」と彼女の喉が潤ったのを確認してから僕は話を始めた。「あのな。お前の言っている事はいつもわからへんねん。もっと具体的に話てくれる？それとな……」続けてまくしたてようとしたら彼女の携帯が鳴り響いた。「あッ！　ちょっと待って。会社からだ。」そう言うと彼女は僕には今まで見せた事のない顔をして、僕が今まで聞いた事のない言葉をはっきり毅然とした態度で言い放った。「はい。ですからそのお客様の宅地の設計図は敷地の大きさを考えまして通常なら1000分の１で作成するところを…」

　今僕が目の前で見ているこの光景。僕を目の前にしては絶対見せる事のないこの表情。ハキハキとした受け答え。
　僕は瞬時に理解した。　彼女はいつも僕に正解を求めたいたんじゃない。　まんまとしてやられたよ……。

「あぁ～疲れた～。で、なんの話だっけ？」僕に普段見せる顔に戻った彼女はまたビールをグビグビ飲み煙草に火を点けて僕の顔を覗き込んだ。僕は負けを認めて「やっぱりなんでもない」と笑った。
　彼女は少し考える振りをしたように見えたが、くすりと笑ってこう言った。
「今日はロブスターがパスタの上に乗っている美味しいお店でご飯しよう。」
「あぁ。あれやろ？　2階建てのビルの奥にあるパスタ屋さん。」
「そーそー。」
　彼女は安心しきった顔をくしゃくしゃにして笑うと僕に抱きついた。僕はぎゅっと抱きしめ返したんだ。


了　 </description>
         <link>http://kimikoishi.net/2008/02/post_9.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 20 Feb 2008 10:25:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ring the sweet</title>
         <description>「これは全部描き直し」
 上司の声が最後宣告のように頭を打つ。
「……申し訳ありません」
「明日の朝一番でクライアントに持ちこむ設計図なのは知ってるね？　今日中に仕上げて」
「……はい」
 やり直しが出来上がるまで、ゆっくり４,５時間はかかるだろう。ほんの十数分前まで頭の中を占有していた達哉とのデートは確実に、ナシだ。戒めのように髪をきつく留め、デスクに新しい紙を広げる。
 よりによってこんな日にポカミスをしでかす自分の馬鹿さ加減への苛立ちを隠しきれず、作業を進める手に力がこもった。どうしていつもこうなるんだろう。

 達哉とは去年の暮れあたりから付き合っている。３つ年上で、背が高くて、それ以外は何の変哲もない人だけど優しい。
 出かけられなくなったことをどうやって切りだそう、と迷ったまま作業を続けていたがそれも限界だ。５時を回ったところでそっと席を立ち、携帯のボタンを押した。
「お疲れ～。こっちは今終わったとこ」
会社の外に出た直後だったのだろうか、達哉の後ろではざわざわと音がする。
「ごめん達哉、今日会えないかもしれない」
「どした？」
「仕事でミスっちゃって。どうしても今日中に書き上げなきゃいけない設計図があるの」
「そっかー」
 僅かだけどトーンの落ちた達哉の声。泣きたくなる。
「ごめん」
「仕事じゃ仕方ない。どっか飲みにでも行くさ」
「終わったら電話するから」
「ん」
 どうしようもなくへこたれてくる気分をもてあましながら天井を見上げた。

 私に描き直しを命じた上司も、同僚も、全員がオフィスを後にした午後８時。独りになったのをいいことに私は煙草に火をつけた。本当なら、この時間には達哉とイタリアンレストランで乾杯している筈だったのだ。旨い店をみつけたから、って２週間前から予約してたのに。
 ２Ｂの鉛筆を握る手に力がこもる。１秒でも早く仕上げればまだ達哉と過ごす時間があるかもしれないと云う希望がかろうじて仕事へのテンションを保っている。
早く、でもミスらないで、でも早く。
 缶コーヒーの空き缶に煙草を押し込むと私は再び猛然と作業に取りかかった。

「で、き、たー！」
 仕上がった図面を２度、３度と念入りに見なおしてミスがない事を確かめた後、上司の机にこれでもかとばかりに仕事の成果を置いてオフィスを出た。（達哉まだ飲んでるかな）携帯を取り出しながらビルの階段を降りると、そこには見慣れたコートと背中。
「なにしてるの！？」
「お、やっと来たな。このまま雪祭りの像になるとこだったよ」
「飲みに行ったんじゃなかったの？」
「だってさあ」
 ぶるぶるっ、と大げさに身体を震わせた後達哉が続ける。
「上下左右どこ見ても全部カップルだぜ？　男独りで飲めるかっつの」
「あたしの家で待ってるとかしてれば良かったのに。……馬鹿なんだから」
「お前さあ、この極寒の中氷の像になりかけながら待ってた男に言う言葉が『馬鹿』？　よーくわかった。プレゼント用意したけどもうやらね。ぜってーやらねえ」
「えーえーえー！　なし、なし、いまのなし。全然馬鹿って思ってないから」
「現金な奴」
苦笑いしながら達哉が私の前に差し出したのは。
「ケーキ？」
「そう、ケーキ。フォークもあるよ」
「ここで食べるの？」
「そう。ほれ」
「いーやー！　こんな寒い所でケーキなんていやー！」
「我儘言うな。食え。さっさと食え」
なにかの罰ゲームのように達哉の手から私の口にケーキが押し込まれる。
「きゃー！　クリームがコートにー！」
「叫ぶか食べるかどっちかにしろ」
「……」
 かちり。
 恨めしげに達哉を睨みながらケーキをほおばった口の中に、何か堅い感触。悪戯っぽく私を見つめている達哉。
 これって、
「指輪！？」
「こないだ買い物に行った時、ずーっとそれ見てたからさ」
「あーん、たっちゃん素敵、カッコイイ、ちょう愛してるー！」
「お前が俺を褒めるのは物貰った時と頼みごとする時だけだな」
「ね、つけてつけて」
「俺のぼやきは無視ですか」
「いいからつけてッ」
 達哉が私の手を取って薬指にリングを通す。
「愛してるよ、は？」
「ばーか」
「なによそれー。愛が足りない」
「うるっせ」
 照れ隠しにそっぽを向いた達哉に抱きつく。
「ねえ」
「ん、なんだ」
「もし、あのまま気がつかないで指輪食べちゃったらどうするつもりだったの」
「……そこまで考えてなかった」
「やっぱ馬鹿」
「馬鹿とはなんだ馬鹿」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とはなんだ、馬鹿」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とはなんだ、馬鹿、とはなんだ馬鹿」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とはなんだ、馬鹿、とはなんだ馬鹿とはなんだ、達哉の馬鹿」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とはなんだ、馬鹿、とは……何回言った？」
「しらない、バーカ」
 雪も降らないしディナーもないクリスマスになったけど、幸せだ。</description>
         <link>http://kimikoishi.net/2007/12/ring_the_sweet.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 22 Dec 2007 12:43:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>雨が止む前にあなたの部屋へ </title>
         <description><![CDATA[　仕事が終わり、疲れきった体を引きずるように帰途につく。
　夕方から降り出した雨はまだ止まない。タクシーで帰ろうと大通りにまで出てみたが、数日前のあなたとの会話を思い出したら、歩いてみるのも悪くないと思った。
「梅雨に入る前に梅雨のような雨が降ること、なんていうか知ってる？」
「春雨？」
「んーん。それは春の雨だろ？　菜種梅雨って言うんだよ。菜の花の菜に種で梅雨。なたねつゆ」
「菜の花が咲く頃の雨？」
「そう。だから、本当は春にさしかかるくらいの季節にしとしと降る雨のことだなあ」
「へえ。なんかいい事知った。ありがとう」
「ん。どういたしまして。」
　その時の空を見つめるあなたの横顔はなんとなく寂寥に感じた。

　ピンクの傘を閉じて銀色のポストを開けると、ピザの折込チラシや電話代の請求書、カード明細の封書それに私宛への手紙が数通入っていた。一通ずつ差出人を確認していると、宛先の書かれていない青い封筒。
　ざわつく胸とは裏腹に溜息がでる。
<P>　</P>
　バッグから鍵を探し当てドアを開ける。雨に濡れて少し汚れたヒールを脱ぎ捨て部屋に入る。指輪やピアスをすぐに外すのは私の癖だ。煩わしいものからは早く解放されたい。
　観葉植物に水をあげながら化粧を落とし素顔に戻る。
　シャワーを浴びて今日一日を洗えば、乾いた笑いも強がりも全部流せるような気がするこの時間が一番好きだ。
<P>　</P>
　青い封筒の差出人が誰なのか私は知っている。硬い感触が指先に伝わった事で全てを察知した。切手が貼られていない事から見ても彼しかいない。
　この雨の中ここまで車を運転し、ポストに落としていったのだろう。
　何時頃に来たのだろうか。彼の仕事が終わる時間を考えて逆算すると数十分前の事で、私に会わないよう急いで帰ったのかもしれない。それとも暫く私の帰りを待っていたのだろうか。そんな事を考えていたらあなたの顔よりもあなたの車を鮮明に思い出した。あの助手席は私のもので、ドライブした帰りのキスや喧嘩して泣いた涙をあの席はみんな知っている。手紙の内容によっては、もうあの助手席に乗る事もなくなるのかもしれない。
<P>　</P>
　冷蔵庫を開けてバドワイザーを取り出し、さっきの封筒とはさみを持ちながらベッドへ向かう。煙草に火を点け、ゆっくり煙を吐き出してから瓶のまま苦い炭酸を流し込んだ。
　封筒の上の部分を丁寧に切る。大切な手紙というのは一生残るものだ。そしてこの手紙はその類で机の引き出しにずっとしまわれるであろう。
　便箋には少し右上がりの生真面目な文字が並んでいた。あなたからの手紙はこれで５回目。いつも書かれていた「愛してる」という文字はどこか恥ずかしそうで私に笑顔を作らせたけど、この手紙にはどこを探してもその文字は見つからない。
　これを書くのに、一体どれぐらいの時間を費やしたのだろう。どれぐらい悩んで何度書き直したことだろう。
　そんなあなたの姿を想像したら愛しくてたまらなくなった。
<P>　</P>
　あの日からあなたはいつもこう訊いた。
「何を見ているの？　どうして具体的に話してくれないの？」
　最近、特にあなたは悩んでいたようで、私を見つめる目は懐疑的だった。
　もちろん私はそれに気付いていた。「あの日の事？」と聞こうとしたけれど、そうなればお互い気まずい時間を共有しなくてはいけなくなる。知らない振りをしていた方がうまくいく事だってある事を私は知っている。面倒とか、どうでもいいとか思っていたわけではない。核心に迫られるのが怖かっただけだ。
　それはあの夜の電話が発端な事に間違いはなかった。
<P>　</P>
　深夜に鳴るベルの音で、あなたと乱れたベッドからずるずると這い出し受話器をあげた。思いも寄らなかった男の懐かしい声に今しがたの余韻を忘れてしまう。
「もしもし。」
「はい。」
「久しぶり。元気にしてた？」
　２年前に別れた男のその声は私をあの時へ引きずり込んでゆく。
　好きで好きでどうしようもなかった。男だけが全てで、その男と付き合えるのなら何を犠牲にしてもいいと思えた。僅かな時間しか過ごせなかったけれど、私の胸に男はまだひっそり息づいている。
　隣の部屋で眠るあなたに気付かれないよう、小さな声で話した。受話器を握る手が震える。
「うん。元気。あなたは？」
「うん。まぁまぁかな」
「こんな時間にどうしたの？」
「いや。ちょっと声が聞きたくなって」
　男が私の電話番号を覚えていた事がほんの少し嬉しかった。
「そう……。何かあった？」
「ううん。何も。なんか急に君を思い出したからさ」
「うん……。」
「なぁ、声小さいね。隣に誰かいるの？」
「……うん。」
「そうか。そうだよなぁ。２年も経っているんじゃ彼氏がいてもおかしくないな。じゃぁ、切るわ。良かった。幸せそうで。ごめんな。こんな遅くに」
「待って。何か言いたい事があったんじゃないの？」
「……。何もないよ。声聞けたし……。じゃぁ」
　そこで電話は切れた。掌が薄っすら汗ばんでいる。
　リダイヤルを押せばまた男と話ができる。少し悩んだけれど、私はそれを止めた。押す理由がない。
　私には今ベッドで小さな寝息をたてているあなたがいるし、男とのこれからを考える事がどうしても出来なかった。
<P>　</P>
　気がつくとあなたが後ろに立っていた。
「誰から？」
「うん？あ。まゆみ。眠れなかったみたい」
「ふーん」
　疑ったあなたの顔は見ないようにして抱きついた。抱きしめ返すあなたの腕がさっきより弱くなっているのを気付かない振りでキスをする。このまま、またシーツに溺れれば、今の電話も私の嘘も全てなかった事に出来ると信じて。
<P>　</P>

　封筒の中に入っていたスペアキーを指ではじくと、所在なさげに床へ落ちた。残ったバドワイザーを一気に飲み干し、窓の外を見つめた。まだ雨は降っている。
　この雨が止まないうちにあなたの部屋へ行こう。そして私はこう言う。
「今夜の雨は菜種梅雨かな…。」
　私達はまだ修復できる位置にいる。 
<P>　</P>
　あなたの青い文字。
「君の心は揺らいでいるね。」


（了） ]]></description>
         <link>http://kimikoishi.net/2007/10/post_8.html</link>
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         <pubDate>Tue, 23 Oct 2007 17:27:06 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>子守唄</title>
         <description>　隆はあたしの身体を律動的に揺さぶっていた。息は荒いが、でもその表情に苦味は見受けられない。
「××よ……」
　自然に培われたであろう無駄のない筋肉質な腕はあたしの両肩上で突っ張られ、腰の動きは激しくなり、胸元から滴る汗があたしの顎を濡らす。　
「××て……」
　彼は高みに昇ろうとしていた。見逃さないよう、だけど見ていることを気付かれないよう、薄目を開けて彼を見つめる。
「……ッ！」
　定まらない視線、鼻は膨らみ、口は半分開いて、お尻は不規則にピクンピクンと波を打つ。同時にあたしも同じ場所へ辿り着いたフリをした。彼はその反応を見ると満足そうにあたしに覆いかぶさってきた。彼の熱い肌と、冷えたままのあたしの肌が密着する。身体は嘘をつけない。
　ベッドの近くに散乱した下着を拾い上げていると、隆はソファーに座り、右手でマルボロを挟みながら、左手で１リットルのペットボトルを持つ。清涼飲料水は彼の喉を通過している。上下に動く喉頭をじっと見つめていたら気が遠くなった。つい先ほどまで抱き合っていたこの男が誰なのか、どうしてあたしはこの男と同じ部屋にいるのかを考える。視線に気付いたのか、ショーツに片足をかけたままの間抜けな恰好でいるあたしを彼が見つめる。不思議な事に、この男にならどんなに見つめられていても羞恥心がない。それがどうしてなのかはよくわからない。


　隆と出会ったのは、春を数ヵ月後にした寒い夜だった。
　久しぶりに中華でも食べようよ。という友人の誘いに嬉々としながら電車に乗った。お店には20分も前についてしまい、道行く人々を眺めながら友人を待っていると一人の男性が現れた。それが隆だった。
　隆は友人の友人で、ひどく疲弊しているように見えた。顔は青黒く頬がこけて、一緒に食事をしても、ほとんどの料理に箸をつけなかった。友人が、こいつ、振られたんだよね。と、からかっても、隆は怒りもせずただ愛想笑いを浮かべているだけで、生気が見えなかった。
　会話らしい会話は何ひとつしていないのに、あたしは友人と別れた後、隆をお茶に誘った。
　その中華屋から3軒ほど離れた場所に小さな喫茶店があったので入った。隆はあたしが席につくまで立って待っていた。その様子がとても良かった。ミルクティとコーヒーを挟んであたし達は暫く無言だった。誘っておきながら何を話していいかわからなかったあたしは、困惑の表情を浮かべていたと思う。切り出したのは隆の方だった。
「俺、女に捨てられたんですよ」
　彼のその発言は的確だった。『捨てられた』この言葉が一番しっくりくる。長年付き合っていた彼女に隆は二股どころか四股、五股をかけられていたという。言い合いになったり隆から別れを切り出したりもしたけど、彼女に泣きつかれると別れる事も出来ず、隆は自分を責めたと言った。
「彼女は俺を金目当てにしていたらしいんですよね」
　コーヒーを啜りながら彼は苦笑してそう話した。その目は寂寞に満ちていた。
「知った時はどん底でした。嘘だと思いたかった」
　高い波にのまれて、命からがら岸にたどり着いたような隆に、あたしはあたしを見ていた。
「どこがよかったんですか？」
　隆への質問というよりは自分への問いのように訊いた。そうすると彼は暫く考えて、よくわからない。ただ俺を必要としていると思ったんです。と、言った。
　その日あたし達は敬語で話し続け、何杯目かのお茶を飲み終わったところで別れた。隆はあたしの家の最寄り駅まで送ってくれて、寒いですから……。と、彼が被っていたニット帽をあたしに手渡してくれた。それからあたし達は二人だけで会う回数を増やしていった。

　当時あたしはひとつの恋の終わらせ方を模索していた。その人とは1年付き合っていたが、恋と呼んでよかったものかどうか、今となっては懐疑的だ。付き合っていた男にはいつもあたしではないほかの誰かがいたし、電話もメールも男からくる事はほとんどなかった。
　初めて&quot;あたし以外の誰かに&quot;気付いたのは、会社帰りに待ち合わせをして二人で立ち寄った天麩羅屋での事だった。男は穴子を、あたしは海老を咀嚼していた時、男のポケットの中からくぐもった音が聞こえた。もう何度も耳にしているその曲は、数年前の映画で流れていた、Shape of my heartだった。男は絶対に携帯をテーブルの上には置かなかった。着信の主が誰なのかを確認もせず、トイレに行ってくる。と、席を立ち、10分後には何事もなかったかのように隣に座った。あたしは何も訊かなかった。ただ、天つゆに浸され放置されたため、冷めてしんなりした穴子が不憫だ。と思っていた。
　2度目はホテルで事を済ませた後だった。クローゼットに入ったスーツの上着からまたあの同じ旋律が男を呼んだ。乱れたベッドから立ち上がろうともせず、あたしの髪を撫で続ける男の目を一瞥してから、あたしは身体にバスタオルを巻いた。何度一緒の夜を過ごしても、この男に裸を見せるのは恥ずかしかった。そしてバスルームに行き、シャワーのお湯をめいっぱい出して男の声が聞こえないようにした。その時もあたしは何も訊かず、濡れた肌を男に擦り寄せてもう一度男の体温を独り占めした。
　3度目は車の中、この時は電話を無視し、4度目は腕を組んで歩いている時で、5度目は……。それ以外の曲ならあたしの前でも携帯を手にするのに。
　別れを自分から切り出せなかったあたしは、少しずつ男と距離を置くようにしてそして自然消滅した。だけど、あたしの心の中には男がまだ溢れたままだった。

　あたし達はすごく寂しかった。隆は彼女と別れて数ヶ月、あたしは1ヶ月。似たような境遇の者同士が肩を寄せ合うのに理由も時間もいらなかった。隆は隆を利用しない人なら、あたしはあたしの右側を埋めてくれて、全てにおいてマメな人なら誰でもよかった。あたし達はあたし達が出会う前に付き合っていた人と違うタイプの人なら誰でも良かったんだと思う。


　付き合い始めて半年が過ぎた夏の夜。隣町の花火大会を見た帰り、あたしはいつも通りに隆の部屋へ寄った。明日は月曜だからこのまま彼の部屋へは泊まらず帰ることにしていた。
　8畳の部屋には必要最低限な家具しか置かれていない。それらは全て黒で統一されている。あたしが今座っているソファーも、テレビも時計もカーテンも。
　隆はキッチンから2本のビールを持ってきて一人用の座椅子に座った。もちろんそれも黒い色をしていた。あたしは渡されたビールを丁寧に断り、花火を見ながら飲んでいたお茶をテーブルの上に置いた。テレビもつけず、ただ黙って隆はビールを飲み続けた。あたしはこの静寂に居心地が悪くなり、時計を見つめてそろそろ帰ろうかと思っていたところだった。
「俺は必要？」
　声に驚いて隆を見やると、神妙な面持ちで彼はあたしを見つめていた。
「え？」
「……。うん。俺は典子にとって必要かなって思って」
　煙草を吸うのは恰好つけと、手持ち無沙汰になった時と、上手い返事を考える時間をつくるためだ。と、言ったのは父だった。あたしは煙草に火をつけた。なんて答えていいのかわからなかった。隆とあたしは隙間を埋めるために付き合い始めたと思っていたし、埋めるためにはかなりの時間をかけなければいけないとも思っていた。その間にあたしは男を忘れ、隆は彼女を忘れていくのだと、なんとなく思っていたのだ。そして、それはまだお互い達成されていないとも思っていた。
　隆と過ごす時間で彼女へしていた癖を何度も見つける事が出来た。腕を組むのが好きなあたしと違って隆は手を握る。ベッドの中で身体に這わせる唇は、彼女の敏感だった部分をなぞる。そんなあたしはそれらの動きを観察し、男と比べている。そういう夜を何度も過ごしていた。だから隆のこの突然の質問は驚異的だった。
　あたしはくすくすと笑い、何を言ってるの？　と、訊きかえした。質問に明瞭な言葉が返せない自分を、心の中で涙した。隆はあたしのために用意したビールのプルタブを開け、5回で飲み干した。ゴクッゴクッと喉が鳴っていた。
「なんとも思っていなければこうして部屋にきたりしないでしょう？」
　やっと出た言葉は無難で、そして明快ではないものだった。隆はふいに顔を歪めた。徐々に目の周りが赤くなり透明な液体が零れた。そしてあたしの横にきたかと思うと、自分の真正面に向きなおさせ抱きしめた。
「……怖かった」
　隆は泣きながら言った。
「何が？」
　あたしは状況がよく掴めないまま訊いた。
「もし、典子が俺を必要じゃないと言ったらすぐに包丁で刺してもらおうと思った」
　そう言ってあたしの肩に顔を押し付け嗚咽を漏らした。


　「馬鹿ね……」
　あたしはそう言って隆を抱きしめ背中を優しく撫でた。馬鹿ね……。それはあたしへの言葉でもあった。
　彼は毎日メールを送ってくれる。あたしが返事をしなくても日に何度も自分の今を伝えてくる。愛してる。と、催促しなくても言うし、あたしが何時間もかけてワンピースを選んでいても文句のひとつも言わない。どんなにあたしが我侭を言っても、いいんだよ。と、笑う。
　隆はまだ泣いていた。身体を小刻みに震わせ、あたしを抱いたまま泣いている。もう一度あたしは、馬鹿ね……。と、呟いた。隆が顔をあげたので、頬を濡らした水分を手で拭った。
　そして気付いた。エアコンをつけた涼しい部屋の中でも、あたしの肌は隆と同じぐらいに熱くなっていた。
「我侭言ってもいいかな。俺が眠るまで帰らないで」
　あたしは頷き、一緒にベッドに入った。
　彼が寝息をたてるまで、あたしはずっと隆だけを見つめ、小さく唄を歌った。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 08 Aug 2007 00:42:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>逆行カノン</title>
         <description><![CDATA[物事を決断するのが苦手だ。
頭では「こうしなくてはいけない」とわかっていても、自分の欲求と相手の欲求に折り合いがつけられない。
奇麗事で片付けようとするから優柔不断に拍車がかかる。


何かを始めるには今まで持っていたものを多少なりとも捨てなくてはいけないというのなら、私は立ち止まる事を選ぶだろう。
いつもと同じ選択肢。
そしてどうにも動けなくなりそこで崩れてしまうんだ。
何度も同じ速度で同じ過ちを繰り返す。

<P>
観覧車のように。
</P>


何度も同じ速度で同じ過ちを繰り返す必要は無い。
そしてどうにも動けなくなりそこで崩れてしまったら立ち上がる事から始めればいい。
いつもと違う選択肢。
何かを始めるには今まで持っていたものを多少なりとも捨てなくてはいけないというのなら、私は何か捨てるものを選ぶべきだろう。


奇麗事なんてどこにもない。優柔不断は自分を甘やかしているだけだ。
頭で「こうしなくてはいけない」とわかっているのだから、自分の欲求と相手の欲求に折り合いをつけるなんて自分一人では無理な事を受け止めよう。
物事を決断するのが得意だ。








]]></description>
         <link>http://kimikoishi.net/2007/06/post_6.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お話</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 10 Jun 2007 22:58:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>クリスマス雑文</title>
         <description>　「お父さんが泣いた。」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　三年五組　鈴木奈央

　クリスマスイブの朝、お父さんが泣いていました。お父さんが泣いているところを、私ははじめて見ました。お母さんの写真があるお部屋でした。弟のひろきが起きてきて「パパどうしてないてるの？」と聞いたから私は人さし指を口にあてて「しーっ」って言いました。だまっていたほうがいいと思いました。

　きょねんの夏、お母さんが死にました。私は音楽の時間で、アマリリスをリコーダーでピープーふいていました。
　お父さんは泣きませんでした。しんせきのこまおじちゃんに連れられてランドセルをせおって病いんに行って、ぜんぜん動かないお母さんの体に体をくっつけて私は泣いてしまいました。たくさん泣いたので声が出なくなりました。お父さんはひろきと私の頭をがしがしなでました。お父さんはかなしくないのかなとふしぎに思いました。なみだがぜんぜん出なくなって、お父さんの顔を見たらすごくやさしい目をしていました。神様のような顔をしていました。
　おそうしきの日はとてもうるさかったです。お母さんのしんせきとお父さんのしんせきと、会ったことがないお父さんとお母さんのお友達と、私のクラスの中村先生と、ひろきのようちえんの先生が来ました。それから私やひろきの友達と、友達のお父さんとお母さんと、近所のおじさんとおばさんが来ていました。いっぱい人がいて、こんなにいっぱい人がいるのを学校でしか見たことがなかったから、かなしいのに楽しくてへんでした。ひろきはおばあちゃんにぴったりくっついていました。お父さんはしんせきの人と元気がない顔をしてお話しをしていました。たまに、私やひろきを見て泣いているおばさん達に、お父さんはまた神様のような顔をしました。その時もお父さんは泣きませんでした。

　でも、クリスマスイブの朝、お父さんが泣いていました。お母さんの写真を見て泣いていました。私はお父さんにクリスマスプレゼントを作ろうと思いました。お母さんが買ってくれたビーズがいっぱいあったので、ネックレスを作りました。お父さんは体が大きいので長いネックレスを作らなくてはいけません。私はいっしょうけんめい糸にビーズを通しました。ひろきも手伝ってくれました。今まで作ったものより一番じょうずに出来てすごくうれしかったです。そしてお父さんにプレゼントしました。お父さんはネックレスを持って、私とひろきをだっこしてまたいっぱい泣きました。私もかなしくなっていっしょに泣きました。でもお父さんがあたたかくてうれしかったです。</description>
         <link>http://kimikoishi.net/2006/12/post_5.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 25 Dec 2006 19:19:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>時計</title>
         <description>　馬鹿な振りをするのは楽でいい。

　いや、「私、本当はお利口さんなんだけど～、でも馬鹿な振りをしていた方が男性受けもいいし～、楽じゃない？」などと言いたいのではない。この事を付け足しておかないと「何あの女。男の前ではアレ全部計算でやってるんだよ」なんて同性の反感をくらうのは必須だ。
　そうじゃない。私の場合10あるうちの7が実際の馬鹿で3が馬鹿な振り……いやいや、10あるうちの8が実際の馬鹿で2が馬鹿な振りだ。基本さえ覚えないため応用が出来ないし、人の話は自分が重要だと認識した部分しか聞いてないので、どんなに説明されても勘違いで明後日の方向へ突っ走り「おかしいなー？」と首をかしげる。それほどの馬鹿だ。
　だが、そんな私でもほんのたまに馬鹿な振りをする時がある。
　馬鹿な振りと知らない振りを足して何事もなかったようにやり過ごした方が楽である事を学んでからは、その方法で心の逃げ道を作るようにしているのだ。

　その夜私は彼からの連絡を待っていた。
　彼の行動には私にしかわからない（と思っている）彼流の法則がある。その法則通りにいけば今夜は彼から電話もしくはメールが1度はあっていいはずだった。
　旅行鞄に秋物のコートを詰めながらテーブルの上にある携帯をチラリと見る。
　彼は私より一日早く京都に向かい、明日私も合流する。京都には私と彼の友達がいてお互いがお互いの友達と、そして共通の友達と会うためのプチ旅行だった。

　バスルームにも携帯を持ち、トイレにまで携帯を持っていくほど彼からの連絡を確信していた私は、待っても待っても鳴らない携帯をベッドに放り投げ時計の針を見つめ続けるうちに、ふつふつとした疑惑が湧き上がるのを感じた。長い針が1つカチっと音を立てると私の疑惑もカチっと加算される。
「京都には彼の【女友達】もいるんだっけ……」
　0時になれば新しい一日が始まるというのに私の心は0時を過ぎても昨日を引きずったままでリセットされない。
　窓を開けて肌寒くなった風を受けながら、今彼が誰と何処で過ごしているかを想像して携帯の電源を切った。考え込むのは苦手だ。それが悪い方なら尚更。馬鹿な女は相手を信用する気持ちまで失いかけていたのだ。
「信用？」
　声にしてふっと笑う。【信用しているよ。という言葉で縛るのね】という言葉が詩か映画の台詞であったような気がしたけど、それは詮索するのが面倒なだけで逃げているのか、相手に興味がないかのどちらかで、私はといえばそうただ面倒になってしまうだけだった。いや……。自分を守るために考え込むのを面倒にすり替えてしまうだけなのかもしれない。
　翌朝、メールの問い合わせをしても彼からは一通も届いていなかった。合流する間際になってようやく【今どこにいる？】とのメールが届いて留めていたはずの私の中の疑惑の時計はまた動き出した。静かにそっと。

　ベッドの中で握り締めていたシーツをゆっくり放していた時、彼が言った。
　「昨日電話待ってた？　疲れて寝ちゃってさ……」
　【信用するべきかしないべきか】を考える前に私はもう逃げてしまった。面倒な事は私が知らない彼の日常と彼の知らない私の日常だけで十分だ。ふたりの間に増やさなくてはいけない面倒はどこにもない。そんな余裕などどこにもない。
　そして私はシーツに身を沈めながら表情を見られないように「あぁ、そうなんだ」と返した。

　そうして飲み込んだ言葉はどこへ行くのだろう。
　蓄積されたままではいつか破裂してしまうのではないかと、少しだけ怯える。
　彼が寝息をたてはじめた頃、そっと顔を近づけて「ばか……」と呟いてみた。</description>
         <link>http://kimikoishi.net/2006/10/post_4.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 31 Oct 2006 19:17:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ファザーコンプレックス</title>
         <description>　例えば何かの話しの流れで「みんなお母さんのおっぱいを吸って大きくなったんだ」と言っている人が私の目の前にいたとしたら、私は堂々とこう答えるだろう。
「普通は母親のおっぱいでしょうが、私は父親のおっぱいで大きくなりました」と。

　あれは小学三年生の事だったと記憶している。
　夏休みも終わりに近づいたある日、片付かない宿題を協力して終わらせてしまおうと、私の家に四人の友人が集まっていた時の事だ。とても暑い昼下がりで、カルピスの入ったグラスの外側はとめどなく汗を流し、低い音を鳴らした扇風機が生暖かい空気を散らそうと頭を180度振り続け、出番のない風鈴はひたすら風を待ち続けていた。
　父は私の友達が家に来ている事が嬉しくて、お昼にはオムライスを五人分作り、氷で薄くなったカルピスを足しては「もうちょっとだ。頑張れ」と私達を励ました。残念な事にその励ましがうるさくて勉強に集中出来なかった事実は内緒にしておこう。

　頭に入ったか入らなかったかは別問題として夏休みの宿題が形になった頃、何がきっかけでそういう話しを切り出したかまでは覚えていないが、友人の一人がチョコアイスを食べながら私の父にこんな質問をした。
「ちひろちゃんはどうやって生まれてきたの？」
　他の三人は目を丸くし、質問された当の父もきょとんとした顔をして、それから少し考え笑顔でこう云った。
「ちひろはおじちゃんのお腹からでてきたんだ。いやー、大変だったよ」
　私に母親がいない事は今日ここに来ている友人みんなが知っている。そしてその話題は幼いながらにもタブーと認識されていたらしく、ほとんどの子が口にしなかっただけに、友人の唐突な質問は他の三人を驚かせたようだった。私にしてみれば父の答えの方に驚いた。いくら子供相手とはいえ、その返しは通るはずがないだろうと思ったのだ。なのに父は続ける。
「ちひろはおじちゃんのおっぱいを飲んで大きくなったんだ」
そう云うとTシャツをペロンと捲り上げお腹と胸を露にした。力仕事をしているわけでもないのに、胸には引き締まった筋肉が適度についていて、どう間違ってもここから乳が出るようには思えなかった。いや、その前に父は男性だ。
　それを見た友人達は叫び声に似た奇声をあげたり、笑い転げて目に涙をためたり、興味津々に父の胸を眺めたりしていた。私はといえば恥ずかしさのあまり「お父さん！　もうやめてー！」と怒鳴り声をあげながら全身をわなわな震わせたほどだ。それでもなお自分の乳を寄せて「ほら、おじちゃんのおっぱい大きいだろう」と笑う父。当時は父がおかしくなってしまったのではないかと思った。
　そしてひとしきり笑った後、友達が言った。
「うん。おじちゃんのおっぱいを飲んだからちひろちゃんこんなに元気なんだね」

　今でもその時の話を友人とする。あの頃、恥ずかしさのあまり父に暴言をはいた私も、今は大人になってどうして父があんな言動に出たかわかるようになった。
　だから私は云う。
「私は父親のおっぱいで大きくなりました」と。</description>
         <link>http://kimikoishi.net/2006/08/post_3.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 31 Aug 2006 19:16:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日常</title>
         <description>　夏の早朝が好きだ。

　たまたま早く目が覚めてしまい、二度寝しようにもさっきまで見ていた悪い夢が手足に絡み付いて眠れないそんな時に、ふと東側の窓を見ると、夜と朝のぼやけた境界線が目に入る。朝が来る安堵といつもなら寝ていて滅多に見られないその曖昧な色の変化に少しだけ胸が弾んで、私はいそいそとパジャマを脱ぎ捨てハーフパンツとＴシャツに着替える。iPodも携帯も持たない。もちろんいつも吸う煙草も持たない。120円だけをポケットにじゃらっと突っ込んでスニーカーの踵を踏んづけたまま歩き出す。本当に必要な物は存外少ないのかもしれない。

　夏の早朝は空気も私好みだ。秋のように花の香りで咽返らないし、冬のように刺す空気で息を詰まらせない。
　首が辛くならない程度に顔を上げ、てくてく歩く。右を見れば朝で、左を見れば夜。私は交互にそれを見ながら夜を目指して歩く。暗いところから見る明かりがとても奇麗な事を知っているからだ。
　歩いていくうちに新聞配達の人と遭遇する。ほとんどのおじさんが私を見てギョッとするから思わず吹き出しそうになるけどなんとか堪えて、心の中で『ごめんなさい』と謝り避けるように端っこを歩く。もう働いている人がいるのだ。当たり前の事だけど、その当たり前の事は見過ごされる事が多い。

　空は秒刻みで姿を変え続ける。一瞬でも目を離すと足された色、消えた色を見逃してしまう。誰かにこの空の移り変わりを伝えたくて、でも伝えようとするとどう表現していいかわからなくて私はいつも困ってしまう。
　真っ白な画用紙に24色の水彩絵の具を何通りにも混ぜ合わせ、今見ている空の色を透明描法で描いて見せたとしても贋物になってしまうんだ。それなら写真を……と何枚も撮ってみた事があるけれど、焼きあがったそれは私がその時見ていた色とはやっぱり違う。だから留める事は諦めた。
　
　そうして夜と朝の間を眺めながら私は思う。
　この空を愛しい人と見れたら。
　まだ眠りが大半を占める目をしたあの人の腕を引っ張って、私のお気に入りの場所まで案内する。ちっとも興味がないのに無理矢理起こされたあの人は迷惑顔だ。迷惑を通り越して怒っているかもしれない。それでも……と思う。造られた色の煌びやかさはいつでも目にする事ができるけど、自然が織り成す色はその瞬間その時間にしか見る事が出来ないから。あの人と過ごす日常だってどんなに馴れ合おうとその時々で出す色は微妙に違う。だから……。そんな事を思いながら隣にいるあの人の、眩しさに目を細める横顔を見つめ、そしてあの人が私と同じ空を見つめながら何を思っているのかちょっとだけ考えてみたい。同じものを見ていても二人感じる事は違うだろう。それでもいい。いや、その方がいい。

　サナエタデやサギソウについた朝露が陽の光を浴びて輝き出したら私はまた歩き出す。私の住むこの場所が夜の終わりを告げている間に、あの人が住む街ではこちらより数分早く完全な朝を迎えてる。長い左腕を伸ばして子供のような寝顔をしながら、まだ夢の中を彷徨っているだろうあの人と、いつか、同じ場所で早朝に会えたら。
　ポケットの中の120円を自販機に落として冷たいお茶を飲んだ。またこの季節のこの時間に外へ出よう。同じ空は二度と見る事がないだろうけど。</description>
         <link>http://kimikoishi.net/2006/07/post_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">創作</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 13 Jul 2006 15:59:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>太陽があるから花が咲き緑溢れる。</title>
         <description>　花が咲と一緒に私の部屋に訪れたのは金曜の夜の事。
　両手のコンビニの袋の中には、缶ビールやポテトチップやチョコレートやポッキーやスルメや……なぜか昆布まで入っている。今夜は飲む気満々と見た。花は大きなドーナツの箱まで抱えている。三人で食べるにしてもその大きさは尋常じゃない。しかも「あ？　これはあたしが一人で食べるんだよ」と云う。どうやら死ぬつもりでいるらしい。

「で。どうしたのよ」
　早速そのドーナツに取り掛かっている花に訊いてみた。咲は自分の家から持ってきたTシャツとハーフパンツに着替えている。長期戦を覚悟しているのは私だけではなかったんだ。
「もちろん（もごもご）あのバカの事に決ま（もごもご）ってるじゃない」
　私は缶ビールのプルタブを開けてやり、それを花に渡す。口の中のドーナツを流し込んでから話してください。
「あいつ。浮気している……」
　危うくビールを吹き出しそうになった。隣の咲はかじっていたスルメが変なところに入り込んだのか顔を真っ赤にしてむせている。
「えーと。花ちゃん。それは何か証拠を見つけたの？」
　まだ少し咳き込みながら咲が訊く。
「う～ん。見つけてないけど……」
「じゃぁ、浮気してるかどうかなんてわからないじゃない」
「そうかもしれないけど……でもさー」
　花と咲の会話を聞きながら私はちょっとホッとしていた。
　まだバレていない。


　陽に会ったのは”その相手”とショットバーから出てきたところでだった。腕を絡ませ、絡ませたその先の手はしっかりと繋がれている。あまりの衝撃的な光景に、漫画でありがちな手に持っていたバッグを音を立てながら落とす。という行動を、現実に表現してしまった私のその音に気付いた陽がこちらを見た事から話が始まる。

「緑！　ちょっと待ってくれ！」
　顔面蒼白の陽が大声をあげる。
　いや、云われなくても待っています。この状況をしっかり説明してもらうまで私は一歩たりとも動きませんよ。ええ。
「花には黙っていてくれ……」
　そこからきたか。いやいや。それも云われなくても黙っていますってば。
　目を見開いたまま呆然と立ち尽くす私を見て”その相手”は罰が悪そうに頭を垂れている。可哀想に肩が少し震えている。
「これは浮気と見ていいのかしら」
　黙ってしまった陽の態度に痺れを切らして私から問いかけてみた。”その相手”を目の前に『浮気』という言葉を口にしていいものか迷ったけれど私は花の友達だ。悪いけどあなたの事を好意的にはどうしても見れない。視線でその相手に訴える。伝わっているかはわからない。
「浮気とも云えない……」
「じゃぁ、本気だってこと？」
「わかってくれとは云わないし云えない」
　そりゃそうだろう。否定はしないけど気持ちはわからない。
「花に持ってないものをこいつは持っているんだ」
　確かに……そうかもしれないな……。
「花に不満があるわけじゃない。あいつの事も本気だ。でもこいつの事も同じように本気なんだ」
　はぁ……。溜息しか出ない。男ってこんなものなのだろうか。いや……女だってこういう人はいる。
「いつから？」
「もう半年になる……」
　半年……。半年も花も咲も私も気付かなかったのか……。　
「どうするつもり？」
「出来ればこのまま二人と付き合っていきたい」
　私は”その相手”に視線を移して訊いた。
「あなたはそれでいいの？」
「はい……。彼を愛しているので……」
『愛している』とか堂々と云うなー！　発狂しそうになるのを堪えて「そう……」と返事をした。結局は当人同士の問題だ。私がどうこう云うのは間違っているのかもしれない。でもこれだけは云わせて欲しい。陽に向き直って私は云った。
「花には黙っておく。今までの陽を見ていれば花の事も本気だってわかるもん。でも条件がある。黙っておくから今から言う事だけは絶対守って」
　陽の顔が安堵の表情に変わる。
「いい？　絶対花にバレないようにする事。エッチする時はゴムをつける事。わかった？　簡単でしょう？」
「わかった。絶対守る。守れなかったら……」
「守れなかったらとか云うな。守れなかったらあたしがあんたを刺す」
「はい……」
　私の性格を知っているからこそ、陽の顔が青ざめた。私は本気だ。友達の事になると私は止まらない。
　落としたバッグを拾って陽達に背を向け歩き出した。歩きながら誰にも云わないと心に決めた。花にバレたくないという陽の気持ちを広い心で受け止めれば、それはやっぱり彼女を離したくないという現われだろう。花だって陽をちゃんと愛している。第三者が余計な口を挟んでその仲を壊す事はしてはいけない。それが私の自論だ。知らなくていい事だって世の中にはたくさんあるんだ。
　
　それが二週間前の事だった。

「でね」
　花の話はまだ続いていた。相変わらずドーナツを口に運ぶ手は休まる事を知らない。この子、本当に二十四個入りのドーナツを全部食べつくす気でいるのだろうか。心配になった私がその箱に手を伸ばしたらバシッと叩かれた。

「う～ん。陽くんは花ちゃんの事しっかり考えているよ。それはあたしが保障する」
　咲が四本目のビールを飲みながらフォローを入れる。それで私はピンときた。知ってる。咲は知ってるんだ。
　
　トイレに立ち上がった花の姿が見えなくなるのを確認してから私は咲に訊いた。
「……。知ってるでしょ」
「……。うん」
「……。どうして」
「……。２週間前に見ちゃったから」
　同じ日か！　ほんと陽のアホさ加減には呆れを通り越して笑いが出る。その時の咲の様子も目に浮かんで笑いは更に止まらなかった。咲もビールをこぼしながら笑っている。
「でもさ。陽くんは花ちゃんの事、本気だよ。あたし達にはどうしても理解しきれないけど、土下座までして『あいつには云わないでくれ』って言ってたもん。それに相手の事を見たら……わかったでしょう？」
　私は頷いた。
　そうだよなー。だって”その相手”は花と顔が似ていて、でも花には持っていない”アレ”を持っているんだもの。
　まぁ、花には絶対云えないよ。

　
　相手が男だなんて。</description>
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         <pubDate>Tue, 30 May 2006 15:54:42 +0900</pubDate>
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         <title>皺くちゃサンタ</title>
         <description>父からの電話で目が覚めた。時計を確認すると十時ちょっと過ぎ。上半身だけ起こして、毛布を引っ張る。
「お前、今日来るんだろう？」
「うん。行くよ。イブだし」
サイドテーブルにあるリモコンに手を伸ばしてテレビのスイッチを入れる。
「夜中にしてくれ。そうだな……0時頃」
「どうして？」
天気予報が映し出されていた。どうやら今夜は雪になるようだ。
「ちょっと立て込んでいるから」
「ふーん。わかった」
遠くから父の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。たぶん、父の二番目の姉だ。
「じゃあ」
「うん」
そそくさと電話を切った。

一人暮らしを始めて四年になる。家が嫌だったわけでも父や祖母が嫌いだったわけでもない。ただ親戚の目から逃れたいというそれだけの理由からだ。
私は父と血縁関係がない所謂もらわっれ子で、親戚が集まるお正月やお盆が大嫌いだった。母親がいないせいだろうけど、ちょっと服装が乱れていると口やかましく説教されるのも、従兄弟達は呼び捨てなのに私だけ【ちゃん】付けされて呼ばれるのも大嫌いだった。だからさっき、おばさんの声が聞こえてすぐに電話を切ったのだ。
父は「一人で暮らしたい」と言っても何も言わなかった。祖母は「いつでも帰っておいで。お前の家はここしかないんだから」と何度も言った。私が見つけた部屋は実家から車で十分の距離だというのに、もう二度と会えない人を見るような目をして言う祖母がたまらなく愛しくて、最低でも月に一度は顔を出すようにしていた。

祖母はクリスマスを子供のように楽しみにしていた。十二月に入るとしきりに「今年はサンタさんに何をプレゼントしてもらいたいか、手紙を書いた？」と訊く。私が「まだ」と言うと「早く書かないとサンタさんが困るよ」と急かすのだ。困るのはサンタじゃない事を知っていたけど「うんうん」と返事をして【サンタさんへ】手紙を書く。そして机の上の分かりやすいところへ置き、私がいない昼間にそれを見れるようにしておく。深夜にそっと、背中を丸めた着物姿のサンタが現れている事を知ったのは何歳の頃だったか。

外を見ると雪がチラつき始めていた。
実家へ着くと祖母の部屋にも電気がついている。深夜だというのに起きて待っていてくれたのだろうか。
「お帰り」
「ただいま。ばあちゃんは？」
私はふと気づいた。家の中がお線香の香りに包まれている。
「……。ばあちゃんは部屋にいるよ。顔を見せてあげるといい」
襖を開けると彼女は綺麗に化粧をし、白いシーツの白い毛布に頬を少し紅色に染めて静かに眠っていた。枕元には赤い袋が置いてあった。【あやこへ】と書かれている。
「何時に？」
父の顔も見ず訊いた。
「今朝、9時ぐらいだったかな」
「あたしこの前来たのいつだっけ」
「先週だっただろう」
「ハンバーグ作った時か」
「ああ。次の日の朝、ばあちゃんに食べさせたよ。うまいうまい。って言ってた」
私は祖母の髪を撫でながら「ばあちゃん」と呼びかけた。何度も何度も。途中から涙声になって呼び続けても返事はなかった。
「その袋……開けてみろ」
父は静かに促した。開けてみると、半纏が入っていた。【寒がりなあやこへ】とのメッセージ付だ。
「とうとうサンタが正体を明かしたな」
「……。うん」
祖母が少し照れくさそうに微笑んだ気がした。</description>
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         <pubDate>Sat, 08 Apr 2006 15:45:37 +0900</pubDate>
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